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2017年7月 4日 (火)

西九州の遺産群を巡る…長崎(端島、山手)

1か月にわたり書いてきた西九州旅行記も今回で最終回。ペースを上げないと次のやつがもう早うせい!と尻を叩いてくるので(笑)頑張りますw
夜景を見て満足な気持ちでホテルに戻るとやはり疲れてたのかすぐにバタンキュー。最終日も早いのでしっかり休息はとっておきたいので結果オーライか。
最終日、朝一である所に行きたくて事前に予約を取っておいたので、長崎港へ向かいます。
港と言うからにはどこかの島へ渡る気なんでしょうか?
その通りです♪
半日かけて向かうその先は…
端島です。
うーん、どこよお。
ここよここ!!
ここでピンときた方、流石です!
長崎港から高速船で約1時間。端島への船旅は始まります。途中港町長崎を海から眺めながら前半はのんびり航行、前日上った稲佐山の電波塔もはっきり見えます。

PhotoPhoto_2
気持ちいい内海での航海も初めのうち、外海に出て来た途端に波が出始め、それほど大きくない船は結構激しく揺れ始める。客室は中だとそこまではしんどくないんですが、写真を撮るべく外のデッキに出ると右へ左へ体が持っていかれてあまり良い心地がしない。写真を撮っているとすぐに船酔いしてしまいそうw
そして出港から1時間、無事に端島に到着です。
この写真を見て「あ゛~、なるほど」と合点がいくかと…
Photo_3

そう、端島こと「軍艦島」です。

「軍艦島」とは
…2015年、「明治日本の産業革命遺産」として世界文化遺産にも認定され、海底炭鉱として明治から~昭和の時代採掘で栄えた島。

ここ軍艦島に上陸するには必ずツアーに申し込まなければ上陸できず、また時間もすごく限られているので、ガイドさんについてサササッと上陸です。ここ軍艦島には港と言うものがなく、小さな桟橋もどきがあるだけ、廃墟ツアーらしい上陸です。
ここからはいくつかの小グループに分かれて3つのスペースを順に巡ります。あいにく個人行動はご法度。またこの3つのスペース以外は移動が出来ず。現状保存のためやむを得ないですね。3つのスペースにはそれぞれボランティアガイドがおられ、軍艦島の歴史をテーマに沿って話をしてくださります。団地の中にほんの数軒一軒家があることや、学校と住居のアクセスの話、台風時には家から荒れ狂う波を見て一杯ひっかける話など面白い話を色々聞かせてもらったんですが、どうも他のツアーの関係もあってちょっとせせこましい(;´Д`A ```あっという間の軍艦島探訪でした。話の合間には遺構軍艦島の写真をたくさん撮ってきました。最盛期にはこんな小さな島に5000人以上の住民が住んでいて東京都の9倍以上の人口密度だったとか。すごいですよね。そんな軍艦島も1974年、炭鉱の閉山と共に無人島化。現在に至る訳です。
Photo_4Photo_5Photo_6Photo_7Photo_8
小一時間の軍艦島探訪の最後は船で軍艦島を半周。ところでなぜ軍艦島と呼ばれているのか?それは以下の写真を見てもらうと納得?

Photo_9Photo_10
 
なるほど、確かにこう見ると軍艦そのものですね。意図してこういった建物の配置にはなっていないとは思いますが、遠目から見ると軍艦と間違えてもおかしくない島の形。人工の構造物の島とはいえ本当良く出来ています。
軍艦島の上陸率は年100日程度らしく、波や風の影響を強く受けやすいのでもし軍艦島ツアー申し込まれる時には天気が安定している時がお勧めですよ。以上軍艦島探訪でした。
 
※因みに今回は「やまさ海運 」でお願いしました。他にもいくつかのツアー会社がありますので、時間と内容でお好みのツアーを探してみてくださいね。

昼前に長崎港に戻ってくると船が結構揺れたこともあり、体が右へ左へ揺れている。軽い船酔いモード(;´Д`A ```さっきまで腹が減った、と思っていたのに下船した途端食欲が失せてしまいました。。。と思ったのもたったの数分。。。
出島ワーフまで歩いてくる頃には、「あ゛~、腹減った!」…単純です(笑)
と言うことで昼食は地物の魚を載せた丼ものをチョイス。やっぱ新鮮なものは何を食べても最高である!

Photo_11
この日の夕方の福岡便で大阪に帰らないといけないので、長崎観光の時間も2時間ほど。最後は山手地区を巡って今回の西九州旅行記を〆たいと思います。
山手地区と言えば、やはり「大浦天主堂 」とそばの山手の丘に建つ「グラバー園 」ですよね。大浦天主堂はゴシック調の国内現存最古の教会で講堂内のステンドグラスがきれいで暫しうっとり。信徒発見のマリア像と呼ばれるものが天主堂右側祭壇に祀られていて、鎖国時代の隠れキリシタンの大変さを象徴するものだったようです。
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宗教に寛容な国に今はなりましたが、その宗教が今の世界をまた狂わせているのもまた現状。人間ってすごく愚かな存在なんだ、と感じてしまいます。
大浦天主堂横の坂道を上っていくと「グラバー園」の入り口が現れます。グラバー邸の他、国指定重要文化財の・旧リンガー邸・旧オルト邸を核に、市内に点在していた6つの明治期の洋館を移築復元したもので総称して「グラバー園」として現在の山手の一大観光地として名を馳せています。

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往時のグラバーもここ長崎の坂からこの風景を眺めていたんですねえ。風光明媚な長崎の良さを謳歌していたグラバーが羨ましい。
グラバー園を後に山手地区最後の〆は「オランダ坂」。東山手洋風住宅群など、異国情緒あふれる東山手に位置しており、日本で最初の女学校である活水学院や洋風住宅が坂の上にあり、開国後も長崎の人々が外人を「オランダさん」と呼んでいた為、「オランダさんが通る坂」というところから来たとか来てないとかww坂のそばには孔子廟もあり、まさしく長崎の異人館通りと言うにふさわしい!
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もっとじっくり見てまわりたかったんですが、時間はタイムリミット。車で福岡に帰ることを考えると2時間半は見ておかないと飛行機の時間に間に合わないので切り上げます。3日間で色々ぶち込みましたが、久し振りの長崎をメインとした西九州の旅、再訪による記憶の上書きもですが、また新たな発見もあり有意義な旅となりました。まだまだ細かい所も長崎はあるので、次回の再再訪時にはもっとマイナーな長崎を知りたいな、と思います。
また来ます、長崎!
今回の西九州旅行記

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コメント

おー!軍艦島だ!テレビとかではよく見てましたが、ついに大樹さん行ってしまわれたのですね。
廃墟の島ながら往時の生活の一端を覗く事が出来たのは羨ましい限りです!
グラバー園も有名ですね。飛行機の時間ギリギリまで色々詰め込む大樹さん、いつもながら凄いパワーだと思います。

Re:紫苑さん、そうなんですよ、軍艦島一度行ってみたかったので、今回長崎に来たからには、と旅程に放り込んできました。結構欠航率が高いらしいので少し心配しましたが、無事に上陸出来て昭和の遺構を拝見することが出来ました。もう少し深い部分も見れたら良かったんですけどねえ。

お疲れ様でした!
>次のやつがもう「早うせい!」
わかります(笑)
もはや聞こえないふりをしています^^;

軍艦島といい、大樹さんは色々とお詳しいですねー素晴らしいです!!
宗教が絡むと色々とアレですよねぇ。。。あいにく宗教には興味がないのですが、宗教にまつわる情勢や建物はそこそこ興味があったりします。
かのグラバー園はこちらでしたかー!実際に足を運んでみたいですねkenzoも^^

船酔いは大変でしたねー、でも昼食で復活するあたりはさすがです(笑)
こんな美味しそうな昼食だったら、船酔いしてられんよ!って感じですねぇ。

西九州遺産巡り、お疲れ様でした^o^/


Re:kenzoさん、次のやつ、めっちゃ急かすんでもう今日UPしちゃいましたw
軍艦島、前々から気になりつつ長崎に行く機会がなく、埋もれかかっていた時に休みが取れ計画出来た次第。タイミングに感謝ですね。
異国情緒たっぷりの長崎県、和と洋の魅力が融合した土地でした。行ってみると更なる魅惑が俺の旅心をくすぐってしまうのでよりピーターパン病が重症化していってしまいます。

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